図書館に行った5

とある大学図書館の一般公開を利用して、主に田中恭吉日記の注釈のために、土曜日は調査に通っている。

図書館に行くのが楽しいかというと、それはじつはしんどいのである。
限られた時間内にいろいろ調べようとするので、疲労する。

また、前日に仕込みのために作業をするので疲れがとれないのである。

しかし調べが進むことは、大きな喜びである。

今日は人が多い。
なんと学園祭なのである。
学年歴も調べておくべきだったかと思ったが、キャンパスは人で混んでいるが、図書館はいつものようにすいていた。
学園祭だからといって、休館でないのもよい。

きょうは、まず1階で、地名を集中的に調べる。
「太田の原」というのが本郷の奥の池がある樹木が茂った場所だとわかった。
田中恭吉も、藤島武二もスケッチを残している。
藤島武二スケッチ「太田の原」。

田中恭吉の未知草カード「太田の原にて」。



『日本山名辞典』というのもやくだった。

一段落して、植物も調べようかと思うが、肩と首が重く、地階に移動することにする。

先週の続きで、太田三郎の執筆履歴を調べる。
『美術新報』に版画についてのエッセイを寄稿していることがわかる。
『美術新報』は外部書庫にあるので一般公開利用者は閲覧できない。
先週の分は、昨日、国会図書館から送付連絡が来たので、また、すぐ遠隔複写を申し込もう。

田中恭吉の記録も見るが、戦前は仲間内だけで知られていたことがわかる。

1冊を返却し、2冊を借りる。読み通せないだろうがざっと見ることが大事である。

1910年日記の輪郭が明確に浮かび上がってきた。
難物の事項がいくつか残っているが、輪郭が明確になるということは、予備知識のない読者にも理解できるようになっているということである。
1911年、1912年と進めていきたい。

帰りのバスは、激混みだった。
窓を大きく開けた。

帰宅してすぐ入浴し、1時間ほど横になった。
肩の張りが少しやわらいだ。

【編集履歴】2022/11/07 21:54 誤記修正




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