某大学図書館の一般公開を利用して、田中恭吉の1910年日記の注釈作業をしている。
今日はいつもより、1時間半おそく出かけた。
年齢の割に頑張りすぎているのではないかと思い、ゆっくり昼食をとって、家事をかたしてから向かった。
バスの混みはいつもよりちょっとだけ少ない。
今日は、1階の参考図書のところに陣取って、先週の地名調べの続きと、植物にとりかかった。
角川地名大辞典と山名辞典などを使って、神戸と大阪の地名を調べる。
大阪は梅田のあたりに次兄貞吉の家があって帰省の途中に立ち寄っている。
曾根崎あたりをあるいて、焦げ臭さを感じているのは、1年前(1909年)の大火の影響であることがわかった。
神戸は、大槻憲二(美校の仲間で、回覧雑誌『密室』の同人)がいて、ハガキをだして会おうとしたが、大槻は現れなかったのだ。ハガキは前日に出しているので、大槻が不在であれば、伝わらない可能性が大きい。今と違ってそれはそれでしかたがないという感覚であろう。
調べていると、1905年に阪神電気鉄道が出入橋(梅田)ー雲井通(三宮)間を開業している。
田中恭吉は香櫨園から先はまるで知らないという。
香櫨園は遊園地の名であり、それを知っていたということだろうか。
田中恭吉は、湊川神社に参拝し、市街電車を見たと書いている。この市街電車は開通したばかりの、神戸電気鉄道のことだと思われる。
植物については、「◯◯科の多年草」というような簡単な注に意味があるかということが気になるが、固有名だと思っているものが科の総称であったりするので、入れておく方がいいと思う。
まだ抜けがあるが、あとは文章化していけば、1910年日記についてはほぼ9割ができあがることになる。
来週からは1911年日記についてより多く時間を割くことになるだろう。
今日はおそく出かけたため、帰りはもう暗かった。昔の感覚(今日はよく調べたなあ)を少し思い出した。
