吉川英治『折々の記』。青空文庫より。
毎朝、八時といふと、机の眞向うに見える製菓會社の煙突は、もくもく黒煙を吐き始める。そしてそのへんな人生サイクルがぼくの頭の中で過去へ逆廻りしてゆくのである。おそらく、品川の空の中でも高い方のこの煙突や濃度物凄い煤煙を、かう愛しみ懷しむごとく見る者は、ぼく一人にちがひないが、とにかく、朝な朝なのうちに、いつか煙突と机とは、ぼくの人生サイクルに妙な連鎖をもつかのやうな氣がして、工場休日で煙を見ない日などは、何かさびしい氣もちさへする習性になりかけてゐる。
吉野村の机では、疲れた眼を外へ放つと、御嶽につゞく裏山の尾根の線だの、四季萬樣な木々があつたが、こゝではそれの代りを煙突がしてくれるのだつた。そして自然に圍まれた机でも新平家物語を書いてゐたし、煤煙と工場サイレンのこゝでも平家を書いてゐる。あの平家世代の幻想と眼のまへの環境とは、およそ無縁で遠すぎるものだが、べつだんその爲に書けないなどゝいふことは少しもない。
たゞ時々、無意識に、煙突にたいして、ぽかんと、空白な頭で回顧の遊びに耽ることが引つ越し以來まゝあるのである。いまに馴れるとそんなつまらない獨想はやむにちがひないが、住居が變つたばかりのせゐか、とかく煙突と無言の對談をやつてゐるわけである。それは自分が少年期から青年へ育つてゆく過程に、大きな煙突の下で重勞働してゐたことがあるせゐだらう。夜が明けるといやでもおうでも、霜の朝を、ほかのまつ黒な工場服の人々と一しよに、横濱ドツクの門をくぐつて通つた頃のことが想起されてくるのである。決していゝ思ひ出などではないが、忘れ難い人生の一齣ではあつた。「煙突と机とぼくの青春など」より。初出「文藝春秋」1954(昭和29)年1月号
