今回から、作者作品名をタイトルに入れることにした。
『定本青猫』所収、萩原朔太郎「海豹」。
海豹わたしは遠い田舍の方から
海豹(引用者注-「あざらし」のルビあり)のやうに來たものです。
わたしの國では麥が實り
田畑(引用者注-「たはた」のルビあり)がいちめんにつながつてゐる。
どこをほつつき歩いたところで
猫の子いつぴき居るのでない。
ひようひようといふ風にふかれて
野山で口笛を吹いてる私だ
なんたる哀せつの生活だらう。
橅(引用者注-「ぶな」のルビあり)や楡(引用者注-「にれ」のルビあり)の木にも別れをつげ
それから毛布(引用者注-「けつと」のルビあり)に荷物をくるんで
わたしはぼんやりと出かけてきた。
うすく櫻の花の咲くころ
都會の白つぽい道路の上を
わたしの人力車が走つて行く。
さうしてパノラマ館の塔の上には
ぺんぺんとする小旗を掲げ
圓頂塔(引用者注-「どうむ」のルビあり)や煙突の屋根をこえて
さうめいに晴れた青空をみた。ああ 人生はどこを向いても
いちめんに麥のながれるやうで
遠く田舍のさびしさがつづいてゐる。
どこにもこれといふ仕事がなく
つかれた無職者(引用者注-「むしよくもの」のルビあり)のひもじさから
きたない公園のベンチに坐つて
わたしは海豹(引用者注-「あざらし」のルビあり)のやうに嘆息した。
底本:「萩原朔太郎全集 第二卷」筑摩書房
1976(昭和51)年3月25日初版発行
底本の親本:「定本青猫」版畫莊
1936(昭和11)年3月20日発行
1976(昭和51)年3月25日初版発行
底本の親本:「定本青猫」版畫莊
1936(昭和11)年3月20日発行
初出は「愛の泉 第九號」 1925(大正14)年5月号。
「さうめいにはれた青空」か。
「無職者」、「公園のベンチ」か。
