注釈日誌 1911年日記いちおう終わる

『月映(つくはえ)』の版画家田中恭吉の日記の注釈、1911年分をおわりまでなんとかたどりついた。

とはいっても、未詳項目がたくさんのこっている。

注釈は根気がいる仕事だ。すべて霧が晴れるようにはわからないものだ。

黒澤明の映画『羅生門』の木こり役の志村喬のように、ずっと「わからん」とつぶやいているのであった。

江戸川まで電車でいき戸塚の原に川沿いに徒歩で出たという記述があって、復刻版の鷗外の東京方眼図をひろげて見ているのだが、残念なことに市電の駅名は書かれていない。

あれこれ調べて、江戸川橋駅というのが明治44年にはあったことがわかる。まだ確定はできない。

完璧というわけにはいかないが、関係先にこれからファイルを送ることとする。

注釈と書きものは頭の使い方が違うので並行してはできない。

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