東京の電車経路が出ている地図を入手したので紹介したい。
出品者は明治44年としていたが、印刷物そのものに年号表記はない。
赤十字社の総会に協賛している東洋製菓の広告が入っている。
赤十字社総会に出た人には特典として、東洋製菓のビスケットがおみやげとしてつき、総会当日より7日間は、本社工場見学ができるという。
比較の対象として、国立国会図書館デジタルコレクションにあがっている、鉄道案内社 編『東京五案内』(鉄道案内社、大正3年3月)所収の「東京電車地図」をあげておこう。
*鉄道案内社 [編]『東京五案内』,鉄道案内社,大正3年3月. 国立国会図書館デジタルコレクション httpsdl.ndl.go.jppid905529 (参照 2023-07-14)
各区の停留所名も本文に記載されている。
「東京市内電車案内」と「東京電車地図」で江戸川橋(小石川区)を比較してみよう。
前者では、江戸川橋から二方向に路線が延びている。ただ注記では、「街鉄未成線」となっているので、完成していたかどうかはわからない。
後者では、江戸川橋で路線は尽きている。後者は大正3年という刊行時期が特定できるので、前者はもしかすると刊行時期が大正3年以降なのかもしれない。
もう一冊、国会デジコレで公開されている杉本正幸 編『最新実用東京電車案内』(杉本正幸、明43年4月)という本がある。
路線図が抽象的で見にくいが、江戸川橋駅のでてくるものをあげておこう。
*杉本正幸 編『最新実用東京電車案内』,杉本正幸,明43.4. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/764154 (参照 2023-07-14)
なぜ江戸川橋にこだわるかというと、『月映(つくはえ)』の版画家、田中恭吉の1911年日記に、電車で江戸川まで出て、後は川沿いに戸塚の原にいったという趣旨の記述があるからだ。
田中の当時の下宿は下谷区谷中三崎町だったので、『最新実用東京電車案内』の上図によると、上野から乗車して、本郷通りを通過して、江戸川に至ったものと思われる。
おそらくさがせば、もっと資料を見出すことができるだろうが、わかったところをここに提示しておこう。
漱石の小説を読むのにも、電車経路図は役立つかもしれない。
