作業日誌と感想

◇田中恭吉日記の『原稿用紙』は仕上がり、関連の人々に送った。あと、方眼紙に記述したものが少し残されているので、これから取りかかることにする。
『原稿用紙』の最終部分の引用がわからなかったが、国会デジコレのおかげで、長谷川天渓『自然主義』からの引用であることが判明した。
石川戯庵訳のルソー『懺悔録』に、田中は感銘を受けているが、大正初年はこの本は広く読まれたようだ。たとえば、島崎藤村への影響については研究があるようだ。

◇noteの「太田三郎と創作版画(下)」の準備をする。『現代の洋画』版画号について調べる。
松永K三蔵という小説家が、C.D.NOTEBOOKというのが、万年筆筆記に適していると書いていたので、試してみたが、たしかにいい。
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方眼仕様を購入して、いろいろ試行して、ペンで仕切り線を引いて、コーネル大学ノートのようにして使っている。後で打ち込むのは二度手間ではあるが、資料を広げつつ打鍵するのはけっこう大変なので、万年筆で書く方がいい。

大正4年は創作版画の歴史にとっても、いろんな動きがあった年で、太田が参入したのもそうしたウェイブに影響されたと言うこともあるだろう。いくつかの版画史の本に、太田の名が出ている。

◇この4月に宗田理が亡くなった。「ぼくら」シリーズの第1作『ぼくらの七日間戦争』(初刊、1985年4月、角川書店)だけは読んだことがある。
中学生が廃工場にたてこもり、管理主義の教師達と対決する話だが、敗戦、60年安保、大学紛争が、登場人物の世代に応じて背後にあるように書かれていたと記憶する。町の上層部も悪として描かれていた。80年代の校則問題が踏まえられているのだと思う。
いま考えると、ジュニア版かつ戦後版のプロレタリア文学のような作品である。
読んだときは、こんな絵に描いたような悪役はいるのだろうかと思ったが、自民の裏金問題、王様のように振る舞う一部◯新系の首長を見ていると、現実世界にも存在しているのだと思う。
「金、金、金」では滅んでしまうので、資本主義は修正を重ねてきたが、それがはがれて先祖返りしている。しかしその金は稼いだものではなく公金であることが多い。たとえば「政策活動費」は政党助成金を原資としているなら、一般住民から集めた税金を不正に使っていることになる。この公正さを踏みにじる行為は、政治に関心がないといわれる人たちの怒りに火を点じるのではないか。





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