作業日誌 AIのあぶないところなど

『山へよする』の〈ひとつ眼〉表象について書き始める。
高橋律子氏の先行研究(『竹久夢二 社会現象としての〈夢二式〉』など)が充実しているので、全部ノートをとった。
それをもとに付加できる部分を考える。

画像について、AIに尋ねてみると。けっこうまとまった答が返ってくるが、それがすべて正しいかはわからない。

以前、清張原作、野村芳太郎監督の『砂の器』のキャストが知りたくてAIを使ったが、微妙に間違っていた。
どうしてそうしたミスが起きるのかはわからない。作曲家和賀の婚約者は山口果林が演じていたが、それが間違っていたのだ。

結局それらしい回答が返ってきても、それがほんとうかの裏取りは、こちらの作業にゆだねられる。裏取りは時間がかかるし、ほんとうではなかったら、裏取りは不可能になる。

Xで、査読論文に、存在しない文献が複数出ているというポストがあって、数年後には、そうしたAIを確認せずに流用した論文の矛盾が多数指摘されるというような事態がでてくるということだろうかと思った。

AIが出した答の間違いを手作業で人間が確認しているのは、AIの自動化によってかえって仕事が増えるという逆説的な事態を示している。





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