世間の国語 きずもの

10/8(水) 17:35配信でYahooニュースに「高市氏、萩生田氏を「きずもの」 裏金関与を念頭、立民に紹介」という記事が報じられた。
記事は下記のとおりである。

「きずものが1人(いる)」。
 自民党の高市早苗総裁が率いる新執行部が8日、国会内で立憲民主党へのあいさつ回りを行った際、高市氏が萩生田光一幹事長代行をこう紹介した。萩生田氏は派閥裏金事件を巡り、政治資金収支報告書への多額の不記載があった。党幹部への起用には与野党から批判が相次いでおり、こうした声を意識したもようだ。
 立民の野田佳彦代表が記者団に明らかにした。野田氏は「表現に驚いた。非常に印象を気にしているのだろう」と述べつつ、裏金事件で萩生田氏の元政策秘書が略式命令を受けたことを踏まえ「より説明責任が出てきている」と指摘した。 
辞書を見るとデジタル大辞泉では「傷のついた物。また、傷のある不完全な物。」とある。
萩生田氏は、高市氏から見ると「傷のある不完全な物」なのか。
わたしは言葉の使い方を誤ることがあり、人のことは言えないが、これは完全に不適切な用語の選択である。

高市氏は、いわゆる裏金議員が説明責任も果たし、処分も受けているから問題ない、問題あるというならわたしが前へ出て説明もしよう、と言っていた。
しかし「きずもの」という用語を選んだのは、矛盾している。
なぜなら、「きずもの」はもとにもどりはしないからである。

先手を打ってよく言った高市! その真意を萩生田はわかっているぞ、などと賞讃する人がいるが、「きずもの」という語は、きずはなくならない、すなわち問題は片付いていないという高市氏の認識を鏡のように映し出しているのである。

わたしの脳裡には「気のどくな事きず物を母自慢」という一句が通過していった。

そして、これはオッサン的やらかしなんだと気がついたのであった。








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