noteに記事《マガジン「画文の人、太田三郎」の今後について》を公開


マガジンの更新が停滞している事情を説明し、今後の方針を示した。

青木茂の著作の抜き書きを含む図録『木茂先生の挿絵考』を読んで、自分のやっていることの偉大なる先駆者がいたことに気がつく。
もちろん、主要著作は読んでいるし、その業績のおもしろさはよく知っているのだが、上記図録の編集が見事で要点を再認識することができた。
調べると『一寸』に太田がかかわった『スケッチ画集』についての記事も出ているようだ。

青木の書き方は独特で本から本へと関心が移っていき、補記もついていて、ちょっと高橋輝次さんの行き方に似ている。
要は、古書好きから出た書き手だということだ。
関心が移ってゆくので、おお、すごいこと言ってるなと思ったことが、記憶しにくい。
それが図録『木茂先生の挿絵考』ではよく編集されているので、青木の着眼点が整理されて総覧できるのだ。

書架から青木の本を引っ張り出して再読している。

太田の刷り絵と版画についてまとめる気持がまたわいてきたのである。

以下余談だが、青木の書きものに朝日大阪の美術記者であった村松寛という人の『片々集 ある美術史』(編集工房ノア)という本のことが出ていて、さっそく古本を取り寄せてみた。

なかに、「未来派と倶利迦羅龍 普門暁さんに聞く」というインタビューをもとにした記事が収められていて、大正8、9年のことなどが本人証言をもとにまとめられている。




この記事へのトラックバック