非水や!

 家事のため出遅れて、大阪古書会館についたのは昼頃。見知りの人は撤退したあとか。 500円で、アーサー・ロイド英訳、徳冨蘆花原著『NATURE AND MAN』(弘学館書店発行、金正堂書店発売、大正2年6月初版、大正6年4月12版)。『自然と人生』の英訳。 何で英訳が出たのか気になったので。解説はついていない。奥付では、ロイドのほかに「フォン ハーロット」「小野秀太郎」の名もあがっている。英語教…

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戦後文学最大の作品

 夏の古書ノ市で見つけたもの。300円。講談社ミリオンブックス、椎名麟三『邂逅(かいこう)』(1955年9月)。 吉本隆明の『言語にとって美とはなにか』に、戦後文学最大の作品という趣旨のことが記されていて、以前読んだことがある。 そのときもミリオンブックスで読んだが、この本より傷んでいた。 ミリオンブックスは、古本少年であった頃にお世話になった。三浦つとむ『日本語はどういう言語か』、本多秋五『「…

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古本まつりと墓参

 墓参のまえに、駆け足で下鴨納涼古本まつりへ。曇天であったが、蒸し暑い。 1時間ほどしかなかったので、ざっと見ただけ。 大きな古書市に行くときは方針を立てた方がいいと思った。たとえば、かみものと雑誌にしぼるとか。  もう秋の告知が。 萩を一輪発見した。 明後日は、もう、たにまち月一古書即売会である。

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雑本の定義

 谷沢永一『執筆論 私はこうして本を書いてきた』(2006年、東洋経済新報社)を読んだ。2回目である。 目にとまったのが、「雑本の資料価値について」という一節である。書誌学の術語として「雑本」が認められていないと記したあと、「私が自分勝手に決めこんでいる雑本の定義を要約すれば、今までいかなる書籍目録にも記載されていない分類不可能に属する粗雑な書物、という工合に落ち着く」と述べている。 そのあと、…

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直貼りはダメよ!

 先日訪ねたblackbird booksでは、値段が付いてないと思ってよく見ると、裏見開きに、細長い価格を記した紙が引っかけてある。とってしまえば何の痕跡も残らない。きわめて合理的だが、手間はかかるに違いない。 値段シールとの格闘は、古本あるあるの定番話題だろうか。 うまくとれずに、カバーにはがれあとが付いたときのガッカリ感。一時期の BOでは、シールに切れ目が入っていて、がんばればうまくとれ…

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さんちか古書市

 さんちかの古書市にでかける。1分過ぎて到着。古本キングさんに挨拶。帰り際に窓展の目録をもらった。 さて、混んでいるところは避けて、すいたところから見ていく。 三越の広告絵はがきを一枚。  店名忘れたが、古雑誌があるところに『不折画集 第一』を2冊発見。第二かと思ったら、第一が二つあるのだった。値は同じなのできれいなほうを拾う。今まで見たうちでは、不折の代表作は写生文集の挿絵ではないかと考えて…

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鏡花、竹風、共訳のハウプトマン『沈鐘』

 先日、文庫櫂ですすめてもらった本にヒントがあり、泉鏡花と登張竹風の共訳のハウプトマン『沈鐘』(明治41年、春陽堂)を購入。念のため、岩波文庫版の阿部六郎訳も準備したが、鏡花、竹風版の方が読みやすい。グラシン紙を剝がすのが面倒なので、はっきりわからないが、ドイツの書籍らしい装幀である。 「図書新聞」昭和52年10月22日号の辻久一の「『沈鐘』」という記事の切り抜きが挟み込まれていた。辻は昭和5,…

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谷書店に『スコブル』が

 ふと、ずいぶん前のことだが、京都駅に向かうバスが三哲にむかってカーブするとき、古本屋が見えたことを思い出した。マップで調べると、谷書店がそれらしい。 きょうは京都駅でおりて、歩いて行ってみる。急に高い建物がなくなり、看板があった。仏教書がメインである。ざっとみて、めずらしくない新古書がやすかったので、それを手にとってレジの方に向かう。 すると、『スコブル』5冊という文字が見える。 袋に入ってい…

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渋谷書林

 日曜は終日仕事。日曜に家で仕事というのは、疲れる。 さて、土曜、文庫櫂の帰りに、仕事が待つ家に直帰するのはちょっとはばかられたし、買った本を見たいというのもあって、南海線の高架下にいろいろ店が入っていることを思い出して、そっちに向かうことにしたのだった。 方角にちょっと迷いながら歩いて行くと、本が飾ってある古本屋があって、渋谷書林であった。ああこれが、古本ものたちが言っていた店だと気づいて入店…

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