「岡本神草の時代」展感想

 昨日は京都国立近代美術館の「岡本神草の時代」展へ。金曜は17時過ぎると、800円に。段取り悪く、先に山崎書店を覗くべきだった。帰途寄るとちょうどしまるところだった。とにかく、早く見たいという気持ちがあるので.時間配分をあやまった。 館内はちょうどよい混み方で、見る人の熱気も伝わってくる。『月映(つくはえ)』の人たちと同時代だと思ってみていくと、竹久夢二の模写がある。  図録の解説文、上薗四郎…

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藤島展から帰ってきて

 『中学世界』の表紙画。 たしかに、TF(藤島武二)のサインがある。 『はな』(川上瀧彌、森廣、明治36年、3版)も出てきた。展示のは紺色のものであった。

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藤島展に行く

 疲れているが、小磯記念美術館に藤島武二展を見に行く。 東京では図録完売だったらしいが、ちゃんとあった。 「グラフィックデザイナーの先駆者」という章がある。 雑誌『中学世界』の表紙をやっていたとは知らなかった。 《うつつ》は下絵に引きつけられる。指とか顔の線が明確だからだろうか。 《台南聖廟》の赤壁のタッチはすばらしい。 《神戸港の朝陽》は、ホイスラーを思い出す。これが「ジャポニスムの里帰り…

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NANGA展、和歌山で

これおもしろそうです。ここに資料あり。 和歌山県立近代美術館NANGA 俗を去り自ら娯しむ2017(平成29)年9月20日(水)―12月17日(日)

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ピンのあと

 満谷国四郎《二階》。「文部省第四回美術展覧会出品」とある。 1910年の文展の出品作である。 団扇をもった女性像は見るたびに集めているが、今回は穴のあとが気になった。 いたずらであけられたのか、あるいは、どこかに貼られていたのか。 押しピンの発明はいつ頃なのだろう。  記憶が曖昧だが、荒畑寒村の小説に、壁に革命家の写真を貼っているという場面があったように思う。

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奈良博、源信展に

 朝早く起きたが不調で、少し休んでから、奈良国立博物館の源信展に出かける。 暑さがやわらいでいるので助かる。近鉄奈良から徒歩で向かう。 六道絵の一堂展示は終わっているが、火車の表現を見ておきたいのだ。火車は三つ見ることができたが、南北朝期のもの、当麻寺奥院の《十界図屏風》の火車が気になった。図録で確認しようと思ったのがまちがい。分厚い図録は絵が小さく、iPadのアプリで指でメモしておけばよかった…

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北野恒富展

あべのハルカス美術館の北野恒富展に行く。眉がハの字になった表情の女性像が多く、気に入った。《口紅》は木版画だったが、いい感じである。絵はがきセット表紙の《鏡の前》は迫力があった。裾模様の飛天をクピドに見立てると、女はビーナスだ。世俗のビーナスに出会うのはちょっと覚悟が必要、ということか。まがまがしさがあってこその美なのだ。橋爪節也さんの講演「よみがえる大阪画壇の巨匠 北野恒富の芸術」も聞いた。パ…

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「パロディ、二重の声 ―日本の1970年代前後左右」

昨日、東京ステーションギャラリーで開催中の、「パロディ、二重の声 ―日本の1970年代前後左右」展に行く。なつかしいなあ。1970年代にはまだ「明日何をしよう」というような希望があったのだ。作為と意志が100%シンクロしてしまったような変な時代に、「二重の声」は生まれようがないのか。自由に雑誌が読める一室があった。「ビックリハウス」を久しぶりに手にとった。 ◇そうそう、昨日はあの人の新作の発売…

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版カチ

須坂版画美術館のグッズ。小林朝治の《酔客》を田嶋健がデザインして手作業で染めたもの。もっと買ってくればよかった。

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長野県の須坂に『月映(つくはえ)』を見に行く

早起きして、新大阪に向かう。地震があったようだ。遠出すると地震が起きるというジンクスがあたる。片道5時間の道のり。遠くとも日帰りできるところは帰るようにしている。 名古屋から、特急しなのに乗り換え。もう着く頃になって、車内販売はないというアナウンス。 列車の「行き違い」のために明科駅に停車するが、5分遅れとなる。「行き違い」は変な言い方。列車通過調整のためで十分ではないか。変な言葉づかいなの…

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