口の中から蓮の花

 芥川龍之介に『沼』という小品があり、つぎのようなラストになっている。「おれ」は沼に身を投げる。 おれの丈よりも高い蘆が、その拍子に何かしゃべり立てた。水が呟く。藻が身ぶるひをする。あの蔦葛に掩はれた、枝蛙の鳴くあたりの木々さへ、一時はさも心配さうに吐息を洩らし合つたらしい。おれは石のやうに水底へ沈みながら、数限りもない青い焔が、目まぐるしくおれの身のまはりに飛びちがふやうな心もちがした。 …

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小村雪岱、お蔵だし

 勢いで購入したが、使いこなせない資料がある。新聞小説の切り抜きであるが、『纏女房』という作品がわからない。国会図書館で検索すると、1948年版の駿台書房の『纏女房』が出てくる。邦枝完二の作品なのだが、『喧嘩鳶』と言う作品との関わりも気になる。五流研究者の手に余るので、使いこなせる方に譲りたいと思っている。 新聞、雑誌連載小説の切り抜きを作るときは、本文も一緒にお願いしたいと、切に思うのであった…

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エミール・オルリクのこと

 『太陽』の増刊「明治大正の文化」(33巻8号、昭和2年6月、博文館)には、菅原教造「版画発達史」という文章が収められており、なかにつぎのような記述がある。墺地利のオルリックは、画家として、舞台装置家として、又独逸の小泉八雲の作品の挿絵画家として知られてゐる。彼は神田和泉町の小柴で技巧を研究して、新錦絵や石版画を描いた。同じく墺地利の画家カペルリーは京橋五郎兵衛町の渡邊で技巧を修得してやはり新錦…

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街並木

 オタさんが京都まちなか古本市で500円で買ったという画集『街並木』は、荻原井泉水編で、名取春仙、岡本一平、池田永治、鈴木信太郎、富田渓仙、川端龍子、石切山草助、浜田庄司らが絵を寄せているらしい。 大正8年頃も、こうした和製ピクチャーブックはけっこう出ていたのかもしれないなあ。

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わすれ団扇

 竹久夢二に《わすれうちわ》という作品があって、お葉をモデルにしている。垣の前に立つ女性が団扇をあごのあたりにかざしている。 今でも木版が販売されている(たとえばここ)。「わすれ団扇」という題は、いわゆる秋扇、夏が終わったあとの団扇のことだ。用済みになったという意味が含まれている。 今橋理子『兎とかたちの日本文化』(2013年9月、東京大学出版会)は、上村松園《待月》という絵について、おもしろい…

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渋谷修と竹久夢二

 古本との出会いによって、ずっと気にかけていたことの手がかりがつかめることがある。 書きものがすすまず、すでに夕刻であるが、阪神夏の古書ノ市に再度足を運ぶことにする。古本好きの人々が収穫をあげていることが刺激になったということもある。会場は初日に比べると落ち着いていて、じっくり見ることができた。 書苑よしむらのところで図録を見ていると、図録の判型、体裁ではあるが、著作らしきものが数冊並んでいるの…

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中村不折の装幀・挿絵の文献

 雑誌『一寸』70号(2017年5月)掲載の岩切信一郎「中村不折の美術活動と印刷ー装幀・挿絵についてー」は、不折の挿絵、装幀についての基本文献といってよい内容である。 これまで、なんどもふれてきた石版と木版の問題にも関連する。不折といえば、漱石『吾輩は猫である』の挿絵がよく知られているが、ある図録では、すべてが石版だとなっていて当惑したことがある。 岩切の論では、そこが明確に整理されている。服部…

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ヒユウザン会広告

『ホトトギス』(大正元年10月)を見ていたら、ヒユウザン会の広告が載っている。参加者の名簿が付いている。長沼ちゑ子の名があがっている。午前8時から開いていたのだ。  『ホトトギス』は複刻版があるが、一冊1000円で、オリジナルをかなりの冊数買ったことがある。 コマ絵の試みもおもしろいのがあるので、折を見て紹介したい。

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天理ギャラリー漱石展図録

東京の天理ギャラリーの漱石展の図録を取り寄せてみた。見たことがないものばかりで、ぜひ行きたいと思った。ただ、仕事の予定がたてこんでいて自由にならない。『三四郎』の原稿も目を引くが、中村不折の『不折俳画』(明治43年3月、6月、上下巻、光華堂)の原画が出ているのに関心が向いた。木版と原画がならべて示してある。『不折俳画』では木版となり、味わい深い仕上がりとなっているが、原画は筆触が流麗で色に濃淡が…

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あれとこれ 複刻版とオリジナル

あれとこれシリーズは、似ているようで離れている、離れているようで似ているものを二つ取り上げて比べてみるというアイデアからはじめたものだ。今回は、複刻版とオリジナルの比較である。複刻版は、研究をはじめた頃にはなくてはならぬ存在であった。第一次『明星』の複刻版は、27万円、月賦で購入していた。はたらいていたので、気軽に研究室でみるというぐあいにはいかなかった、記事はむろんのこと、図版にも関心をもった…

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