渡辺与平と竹久夢二 2015年12月26日 前回の記事《渡辺与平のコマ絵》を読んで、ある方が、遠山景子論文「雑誌『ホトトギス』に掲載された渡辺与平のコマ絵について」(「長崎県美術館研究紀要」2号、2009年)のコピーを送ってくださった。 論文本文は短いが、雑誌『ホトトギス』掲載の与平のコマ絵の一覧がついていて、単行本への所収状況もわかるようになっている。遠山氏によると、「『ヨヘイ画集』に掲載されたコマ絵一二九点のうち、一〇一点が『ホ…続きを読む
渡辺与平のコマ絵 2015年12月21日 サルの絵をさがす。著作権の問題のないものをさがす。『滑稽百画』にいいのがあったが、サルが木から落ちているところで、やめる。 そうそう、やはり『ホトトギス』だ。明治41年の号によいカットを見出す。 それ以外にのぞいていると、渡辺与平のコマ絵が5月号にたくさん載っている。 よく似た構図が、竹久夢二にもあったと思うが、与平の特色は、月並みに引っかけて、男子の写真、小栗風…続きを読む
谷崎さんに着物をきせる 2015年12月14日 谷崎潤一郎 装幀 谷崎『青春物語』の木下杢太郎の装幀は、着物の見立てがあるのではないか。 友人撮影の谷崎の裸像写真があり、木下杢太郎が裸では寒かろう、と箱の紺が羽織、表紙のやたら縞が着物、扉の小紋格子が長襦袢の半襟として、デザインされたのではないかと考えたのである。 そこで、実験してみた。小紋をもう少し縮小すればよかったかもしれない。まあ、遊びである。 続きを読む
雑誌『白樺』が美術史の本に変身する 2015年11月02日 田中英夫『洛陽堂河本亀之助小伝 損をしてでも良書を出す・ある出版人の生涯』(燃焼社)を読んでいると、へえ、と思うようなことが書いてある。 左は、洛陽堂刊の『泰西の絵画及彫刻 絵画篇第一巻』(大正4年11月)である。洛陽堂の本を古書で見かけたら、なんでも買っていたその一冊で、ごくふつうの美術史の本と思っていた。 ところが、『洛陽堂河本亀之助小伝 損をしてでも良書を出す・ある出版…続きを読む
長田幹彦『ゆく春』と伊東深水 2015年10月18日 長田幹彦『ゆく春』(大正6年12月、玄文社。図版は7年の3版。)。装釘、挿絵は伊東深水。 伊東深水は美人画家として知られるようになるが、挿絵の仕事をしていたようだ。図録『深水』(2001年、朝日新聞社)の年譜(中島理壽編)によると、深水こと一(はじめ)は明治31年、深川の商家に生まれ、実家没落のため、看板店ではたらき、東京印刷の深川工場の活版工、石版工となり、明治44年には、東…続きを読む
『私の詩画集』 2015年10月02日 蕗谷虹兒『私の詩画集』(大正14年9月、交蘭社)。切り取りがあるのだが、当時の金属版の感触を知りたくて購入した。 表紙の金は色褪せず残っている。また、表題の「詩画集」という語の用例も興味深い。先駆はもちろん竹久夢二だが、印刷技法は、金属版の時代に入っていた。 『花嫁人形』は、国書刊行会から復刻版が出ているが、金属版の本当の感触はわからない。 扉は…続きを読む
河本亀之助の伝記が出ます! 2015年09月29日 かねてから、田中英夫氏が私家版「洛陽堂雑記」で探索を続けてきた河本亀之助(こうもと・かめのすけ)の伝記が本の形をとります。河本は、洛陽堂という出版社をおこし、竹久夢二のコマ絵画集や雑誌「白樺」、創作版画誌「月映(つくはえ)」などを刊行しています。 版元は、大阪の燃焼社。書名は『洛陽堂河本亀之助小伝 損をしてでも良書を出す・ある出版人の生涯』。予価は、3200円+税。 副題が物語っている…続きを読む
つくはえ(月映)関連記事 2015年09月19日 版画 月映 田中恭吉 これまで書いた主な記事をリンクしておきます。 月映(つくはえ)の語源 長野まゆみ、田中恭吉にふれる 長野まゆみ、田中恭吉にふれる 続き 生命の芸術(その1) 生命の芸術(その2) 生命の芸術(その3) エンブレムと象徴主義 『田中恭吉 ひそめるもの』続きを読む
高橋沙希『青木繁 世紀末美術との邂逅』 2015年09月03日 きょうは、いつもとはちがう駅のJ堂に足を運んだ。遠くではないが、2回目である。それで、標記の本を美術書の棚で見つけて、目次を見てすぐ購入を決めた。 2015年3月、求龍堂刊、2500円。すぐ、買おうと思ったのは、第六章が「《旧約聖書物語挿絵》に関する一考察」となっていたからである。これは、一部が中村吉蔵の『旧約物語』の挿絵となった青木の作品で、その分析を行っている。 青木が、…続きを読む
大正6年版『人魚の嘆き』の一枚の挿絵 2015年07月13日 挿絵・口絵 谷崎潤一郎 山中剛史氏に 「「人魚の嘆き」挿画考」(日本古書通信、2003年3月)という文章があって、ネットで追補されたものも公開されている。ここ。 山中氏は、ネット版で、次のように記している。 大正6年版『人魚の嘆き』挿画は、書物のどこにも銘記されてはいないが、従来本間国雄によるものと言われてきた。それは、浩瀚な橘弘一郎編『谷崎潤一郎先生著書総目録』第壱巻(ギャラリー吾八、昭39)という現在谷…続きを読む