月映展カタログ

 美術専門書店、ナディッフ愛知が、月映展カタログを推薦してくれている。 ナディッフ愛知は、愛知県美術館のビルの地階にある。 ここ。  先日訪ねたときは、わが『画文共鳴』(岩波書店、2008年)が2冊、ブックバンドで拘束されていたが、どうなっただろう。 月映展カタログについては、少しずつ紹介していきたい。

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伊藤信吉の田中恭吉評

  *つくはえ(月映)展関連記事  過日紹介した、復刻版『月に吠える』の伊藤信吉による作品解題(『名著複刻全集近代文学館 作品解題』昭和44年4月)であるが、田中恭吉について先駆的な認識が披瀝されている。  一般的には、田中恭吉が世に知られていくのは、1970年代の後半であるが、伊藤の文章は1969年のものである。伊藤は、萩原と田中の表現の本質的相似性に注目して次のように記している。 …

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17日より、名古屋で月映(つくはえ)展

さて、明日17日より、愛知県美術館で月映(つくはえ)展が開催される。5月末まで。 カタログは箱入りになった。 広告の木版文字は、公刊『月映』からとってある。 温田庭子の『月映ものがたり』というコミック小冊子があるらしい。

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復刻版から『月に吠える』を考える(つづき)

 さて、風教を害するとされた『月に吠える』所収の詩「愛憐」は、次のような作品である。 きつと可愛いかたい歯で、 草のみどりをかみしめる女よ、 女よ、 このうす青い草のいんきで、 まんべんなくお前の顔をいろどつて、 おまへの情慾をたかぶらしめ、 しげる草むらでこつそりあそばう、 みたまへ、 ここにはつりがね草がくびをふり、 あそこではりんだうの手がしなしなと動いてゐる、 …

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復刻版から『月に吠える』を考える

 明治大正期の文学書の複刻をまとめて行ったのが、「名著複刻全集近代文学館」のシリーズであった。このほど、その解説書である『名著複刻全集近代文学館作品解題 大正期』(昭和44年4月、日本近代文学館)を読む機会があった。冒頭に「「名著複刻全集近代文学館」刊行について」という文章があって、「日本近代文学館は、明治以来今日まで百年にわたる日本の近代文学の名著を初版により複刻し、「名著名著複刻全集・日本近…

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「『月に吠える』の論文―弥永徒史子さんの思い出と共に(後編)」を読む

 「古書通信」3月号。  後編は、川島氏が学生時代に、三茶書房でであった弥永徒史子の思い出を記す。  わたしに弥永徒史子の遺著『再生する樹木』の存在を教えてくれたのはYさんだったか。  弥永は、朔太郎の人間から発芽する植物のイメージについて、田中恭吉の版画《冬虫夏草》から得たのではないかと記している。  川島氏は、蒐書家と研究者の違いについて記している。    同号の山田奈々子「『金…

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画文の人

現実というものが、思ったより変幻自在で強靭で、一周ずらせただけでは、パロディにならない、そんな時代がかつてやってきた。 赤瀬川原平はその難しさを知っていた人。 彼がやったのは、枠組みそのものを揺さぶってみせるというやり方。 たとえば、トマソン。 アスファルトの道にポーリングで穴が空いたあとに、雑草がはえる。 それを壷前栽や壺庭に見立ててみる。拡大した写真を撮ると、壺庭以外…

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長野まゆみ、田中恭吉にふれる 続き

*月映展関連記事。 さてさて、長野まゆみ『絶対安全少年』(2001年1月作品社初刊、ポプラ文庫2010年10月)に、田中恭吉と香山小鳥について言及があることは、先日の記事で触れた。 次のような一節があって、気になった。ある読者が教えてくれた年譜にある記述として紹介されている。 恋の病にとり憑かれた恭吉のために、小鳥は親族のその女性と再度ひきあわせてくれた。婚約者がいることを告げられ…

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展覧会カタログの愉しみ

今橋映子編著『展覧会カタログの愉しみ』(2003年6月、東京大学出版会)。 古書で安くで見つけた。 ずっと探していた。新本は高いので、敬遠しているうちに、忘れそうになって、今日やっとであったというわけ。 表紙の一番てっぺんに置いてあるのが、2000年の田中恭吉展のカタログ。 記事は、エリス俊子「「田中恭吉」展」。初出は、「比較文學研究」77号、2001年12月。 …

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