文士の書斎 モダン系 石橋思案 2018年02月28日 今日は、モダン系の石橋思案を紹介しよう。『文藝倶楽部』臨時増刊『ひと昔』明治37年1月、博文館。『ひと昔』というのは、創刊10年を記念しての言葉である。 なにやら洋酒のビンが並んでいる。 武田桜桃「文士と其書斎」によると、石橋思案の書斎は「自劣亭」(じれってい)。 桜桃は書いている。有楽町は市街電気鉄道の右側、天照太神宮の御社のある辺り、奥深い路地の彼方に、石橋と記した街燈が出て居て、玄関から…続きを読む
文豪の書斎 座卓派 広津柳浪 2018年02月26日 今日は、座卓派の広津柳浪を紹介しよう。『文藝倶楽部』臨時増刊『ひと昔』明治37年1月、博文館。『ひと昔』というのは、創刊10年を記念しての言葉である。 ゆがみを出さないため、今日はスキャンした画像である。 武田桜桃「文士と其書斎」によると、肖像画は、学生時代の尾崎紅葉であるという。 柳浪宅は、「麻布桜田の高台、目白附近」にあるという。 玄関は瀟洒にできていて、「茶人の家としか思へない程洒落て居…続きを読む
文豪の書斎 洋風派 巖谷小波 2018年02月24日 今日は、洋風書斎の巖谷小波を紹介しよう。『文藝倶楽部』臨時増刊『ひと昔』明治37年1月、博文館。『ひと昔』というのは、創刊10年を記念しての言葉である。 なかなかの美男子である。下の写真の「息三一子」というのは、当時、息子が3人いて、そのうちのひとりという意味であろうか。 机に椅子というスタイルである。 武田桜桃「文士と其書斎」によると、小波は、自宅を「唯想楼」(いそうろう)と呼んでいたという…続きを読む
文豪の書斎 簡素系 幸田露伴 2018年02月23日 さて、今日も「文藝倶楽部」臨時増刊「ひと昔」(明治37年1月、博文館)より、文豪の書斎紹介。 幸田露伴。明かり障子に向かって文机を置き、その脇に積まれた4、5冊の本。本棚を人目にさらしたりはしない。簡素系である。それもそのはず、これは夏の書斎で冬は応接間兼用なのである。どこか、別の居室(冬の書斎)に本がうなっているのだろう。 女子は、長女歌か。幸田文は、明治37年に生まれている。 思えば、明…続きを読む
雑誌の漱石特集ふたつ 2017年12月22日 夏目漱石 『熱風』12月号が、特集「新宿区立漱石山房記念館開館記念 夏目漱石をめぐって 対談半藤一利×宮崎駿」。これは堂島アバンザのジュンク堂で無料でおいてあった記憶あり。 もうひとつは『APIED 30 』特集「101 夏目漱石」。700円。三月書房では扱っている。 藤井祐介「草野柴二とその時代」で、草野柴二が漱石門下の若杉(能勢)三郎であることを知った。モリエール全集で発禁をくらっている。ルービ…続きを読む
雑誌『藝文』のこと 2017年12月04日 小磯記念美術館の藤島武二展には、藤島が表紙を描いた『藝文』という雑誌が展示されていた。 過去記事《佐々木なにがしの傑作『薬草採り』とは?》で紹介した、作家長田幹彦が「ネオ・ロマンティシズムの全作品を通じて僕が今でも一番高く評価しているのは、「藝文」という雑誌に出た佐々木という人の「薬草採り」という作品である」という発言に出でてくる『藝文』のことだと思った。 所蔵している愛知大学図書館のデー…続きを読む
谷崎潤一郎、妻を語る 2017年09月20日 谷崎潤一郎 書架の奥から、昭和29年11月14日号の『週刊朝日』が出てきた。表紙画は、伊勢正義の「バレエ」。 何で購入したか、わからなかったが、「妻を語る」という1ページのグラビアで、谷崎潤一郎の松子夫人についての談話が載っている。 談話記事は、新全集25巻(2016年9月、中央公論新社)に収められている。「春信の描いたような女」が懐かしいとある。 別冊太陽が鈴木春信の特集号を出していた。 春信の描く女性…続きを読む
佐々木なにがしの傑作『薬草採り』とは? 2017年09月13日 時間と体力がないので要点だけ記す。 長田幹彦『人間叙情』(昭和28年、要書房)に「青春グループ」という回顧の章があって、パンの会周辺の人々を耽美派ではなく「ネオ・ロマンティシズム」と呼んでいる。 幹彦自身については「僕はネオ・ロマンティシズムでも一番散文的な途をたどり、稍ゴルキイ的なものを身につけてはじめて文壇に登場したが、しかしその時には、既にネオ・ロマンティシズムではなくて、俊敏な…続きを読む
戦争と美人絵はがき(その2) 2017年06月30日 絵はがき じつは、美人絵はがきは戦争と深い関わりがあり、兵士慰問のために使われたということは、過去記事《戦争と美人絵はがき》で書いた。 先日、入手した宮武外骨の雑誌『スコブル』大正7年6月号を見ていると、「松の里人」名義で「美人絵葉書で敵軍を全滅す」という記事が出ている。 第一次世界大戦での出来事と思われるが、英国、ドイツの兵士とも、美人絵はがきを塹壕生活の慰安としていた。塹壕を占領するとその壁に飾られ…続きを読む