上田敏『うづまき』注釈

◇仲間が準備してくれた原稿版下に手を入れるが、なかなか進まない。  語注だけではなく、文脈注を入れるところが工夫である。  文脈注の考え方については過去記事《旧稿より②》に掲げた「『それから』の「古版の浮世絵」について」を参照されたい。  また、「日本文学」57(1), 68-75, 2008-01-10掲載の「ハイパーテクストと文学研究」も参照されたい。これは、ここで、ダウンロード可能で…

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文献自然主義

 文献自然主義というのは、当方の自家製造語。  昔、ある人が、その作家の証言だけで、作家論を組み立てているのを見た時、この文献自然主義という言葉を思いついた。文献が述べている事実について、無批判に受け取ることを言う。  文献が限られている場合、無意識にこの文献自然主義におちいることがある。  それを避けるためには、まず重出性に留意。同じことが複数の証言によって述べられ、複数性が担保できるか…

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歴史のレッスン

 昨日、早稲田大大隈講堂で開催されたジェイ・ルービン先生の講演会がNHKのWEBニュースで取り上げられている。ここ。リンクがきれないうちにどうぞ。講堂はほぼ満席だったそうだ。行きたかったなあ。  また、新潮社の『波』の新号には、村上春樹による、『日々の光』の書評が掲載されているとのこと。  ルービン先生に関心を持った人は、学問上の著作『風俗壊乱』(世織書房)もぜひ手にとってほしい。

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新版谷崎全集

中央公論新社より新版の谷崎全集が刊行される。5月から。 刊行中に、著作権はきれることになるのだろうか。

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煙突文学全集022

斎藤茂吉「三筋町界隈」。初出は、「文藝春秋」1937年1月。引用は、岩波文庫版『斎藤茂吉随筆集』による。 その頃、蔵前に煙突の太く高いのが一本立っていて、私は何処を歩いていても、大体その煙突を目当にして帰って来た。この煙突は間もなく二本になったが、一本の時にも煙を吐きながら突立っているさまは如何にも雄大で私はそれまでかく雄大なものを見たことがなかった。神田を歩いていても下谷を歩いていても、…

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煙突文学全集024

。徳富蘆花『不如帰』。 夜十時点検終わり、差し当たる職務なきは臥し、余はそれぞれ方面の務めに就き、高声火光を禁じたれば、上甲板も下甲板も寂としてさながら人なきようになりぬ。舵手に令する航海長の声のほかには、ただ煙突の煙のふつふつとして白く月にみなぎり、螺旋の波をかき、大いなる心臓のうつがごとく小止みなき機関の響きの艦内に満てるのみ。 仰ぎ見る大檣の上高く戦闘旗は碧空に羽たたき、煙突の…

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煙突文学全集023

小出楢重「上方近代雑景」。 私は子供の如く、百貨店の屋上からの展望を好む。例えば大丸の屋上からの眺めは、あまりいいものではないが、さて大阪は驚くべく黒く低い屋根の海である。その最も近代らしい顔つきは漸く北と西とにそれらしい一群が聳えている、特に西方の煙突と煙だけは素晴らしさを持っている。しかし、東南を望めば、天王寺、茶臼山、高津の宮、下寺町の寺々に至るまで、坦々たる徳川時代の家並である。あ…

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地域の文学史

 亀井秀雄氏のブログ《この世の眺め》の記事に出ていたので、興味がわき、小樽文学館から「小樽「はじめて」の文学史―明治・大正篇―」を取り寄せてみた。  論文の抜き刷り形式で簡素なかたちだが、中身は詰まっている。 仕事がたいへんで、ぱらぱら少しずつしか読めないが、おもしろいと思う。解説は《この世の眺め》の記事を見てください。  石川啄木の小樽での演劇体験の意味。改造社の『現代日本文学全…

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