愛書家・コレクター・集書人

 文春文庫版、鹿島茂『子供より古書が大事と思いたい』のあとがきには、氏は愛書家ではなくコレクターだと書いてある。 そこで、考えた。われは、どっちだ、と。どっちにもあてはまらない。①愛書家で研究もする②愛書家で研究はしない③コレクターで研究もする④コレクターで研究はしない⑤研究のために本を集めている こう書いてみると、わたしは⑤である。鹿島氏ははじめからコレクターであったのではなく、本を書くテーマ…

続きを読む

「社会」という言葉が使えない

 1910年の大逆事件以後、著作等の発売禁止が続いて、〈冬の時代〉と呼ばれたことは周知のとおり。 石川啄木の「日本無政府主義者陰謀事件經過及び附帶現象」には、下記のような一節があり、ファーブルの『昆虫記』の翻訳と推察される『昆蟲社会』という本が禁止されたという記述は記憶に残っている。 同年九月六日この日安寧秩序を紊亂するものとして社會主義書類五種發賣を禁止せられ、且つ殘本を差押へられたり。爾後…

続きを読む

おまけの多い日

 グランフロントの紀伊國屋書店による。同じ階のR branch603という雑貨屋さんで絵はがきを買うつもりだったのだが、目当てのものは売り切れていて、やむをえずちがうものを購入。 紀伊國屋では、PIE International(パイ インターナショナル)の30周年のイベントをやっていて、おもしろいものがならんでいた。ずっとピエって読んでいた。  持ち合わせがなかったので、『100枚レターブッ…

続きを読む

碧梧桐の字のごとくうねうねと

朝起きて、ちょっとだるいが、伊丹の柿衞文庫へ。伊丹も久しぶり。美術館までのストリートが整備されて店も増えている。柿衞文庫は、わたしともう一組だけの参観者。とっつきにくいとおもっていたが、こうして展示を見るとしたしみがわいてくる。その作家に近づくのには、当時の本を読むのがいちばんである。みんな風情のある明治本だ。図録は充実していて、碧梧桐の全体をつかむことができる。河東碧梧桐は、中村不折とともに、…

続きを読む

きょうのおまけ

『図書』岩波文庫創刊90年記念「私の3冊」。  こちらの関心にひっかかったものを紹介しておこう。  十川信介が、澤木四方吉『美術の都』をあげている。「美酒を舐めるように名画や名建築に陶然としている様子」がうかがえると。  ロバート・キャンベルは、千葉俊二編『岡本綺堂随筆集』をあげる。「社会の陰影を切り取っている」と。

続きを読む

『ホトトギス』のコマ絵

『ホトトギス』11巻11号(明治41年8月)。渡辺与平のコマ絵《汽車中所見》。「紳士滑稽新聞を見るの図」とある。  宮武外骨の『滑稽新聞』が、車中で読まれていたことが分かる。『滑稽新聞』は、明治34年1月から明治41年10月まで。最終号には「自殺号」と明記された。〔付記 2017・5・11〕勘違いがあったので、記事を修正した。車中で『滑稽新聞』を読むというのが、レアなので描いたのか、増えてきた…

続きを読む

高浜虚子の写生文

高浜虚子の写生文を必要あって、数編読み直した。この人の写生文は、まだきちんと読まれていないかもしれないと思った。『明治大正小品選』(おうふう)には、「蠟燭」を収録した。深夜、水を張った洗面器に蠟燭のロウをたらす話。もしかして、ポストモダンか、と思ったが、いやいやそんなことはと思いかえした。 松井貴子『写生の変容』(明治書院)は、志賀直哉への子規、虚子の写生文の影響を重視していた。 今度、読み…

続きを読む

思わず

文庫新刊の棚にあったので思わず購入してしまった。帯の漱石の言葉の出典は、書簡かな。金字塔ってピラミッドのことだと誰かが書いていた。 わたしは、『新所帯』『足跡』派であるが、よみなおしてみることにした。 文芸文庫のカバーは折り返しが深く、いつも折れてしまうのだが、何か理由があるのだろうか。

続きを読む