6月のたにまち月いち古書即売会

大阪古書会館、5分前に到着。古本キングさんにあいさつ。オタさんはいれちがいか、見当たらず。谷崎精二訳、ガルシン『赤い花』、長田幹彦『金色夜叉終篇』上巻など。長田のみ高し、仕事用である。

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古書市は出会いと気合い

 一昨日、人前で話していて、ふと頭に浮かんだのが、「古書市は出会いと気合い」という言葉。 一昨年までは、古書市はあまり出かけることがなかった。勤めの状況もあるが、掘り出し物に出会うことがなかったからである。 昨年は、熱心にかよった。その結果、やはり面白い出会いがあった。その流れが今年も続いている。まずは身を運ぶ。からぶりでもいいではないか。体が動くうちだよ。 書き物にももう少し元気を出して取り組…

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あれとこれ 木版と石版

 はじめて手にしたオリジナルの『明星』は、明治37年1月号。日本の古本屋のサイトができてまもないころ、まだ検索に制限がなく、平凡出版の芸能誌『明星』ばかりが際限なくでてきて、まいったが、あきらめずにつづけていると、青森の古本屋さんで、この号が見つかったのである。価格は2700円だったと記憶する。 それまでは、臨川書店版の複刻版の図版をコピーして、ファイルに分類していたが、印刷の本当の状態はオリジ…

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北野恒富展

あべのハルカス美術館の北野恒富展に行く。眉がハの字になった表情の女性像が多く、気に入った。《口紅》は木版画だったが、いい感じである。絵はがきセット表紙の《鏡の前》は迫力があった。裾模様の飛天をクピドに見立てると、女はビーナスだ。世俗のビーナスに出会うのはちょっと覚悟が必要、ということか。まがまがしさがあってこその美なのだ。橋爪節也さんの講演「よみがえる大阪画壇の巨匠 北野恒富の芸術」も聞いた。パ…

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革命的?長袖主義、ジャケット主義

あるかたが、長袖シャツにジャケットなしはあり得ない、と書いていて同感した。私も、夏でも長袖シャツで通す。原因はいろいろあるが、ある時、毛虫退治をして、全身じんましんになったことが大きい。危機を感じると毛を飛ばす毛虫だった。それから、半袖シャツのおじさん、おじいさんは見苦しいものである。経済性もある。薄手の長袖シャツがあれば、あいの時期にも対応できるし、冷房対策もOK。で、当然、ジャケットもいる。…

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きょうの青空

思いたって、この10年くらいに書いた、文学と美術の交流に関連する書き物がどれくらいあるか数えてみたら、400枚を超えていた。2015年は何も書けなかったが、1年1本くらいのペース。思えば、ブログをしているおかげかもしれない。書くことに難渋するわたしは、書けなくなったことが何度もある。ブログも長い記事は多くないが、書くことへの障壁を低くしてくれているという効能はあるようだ。

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ヒユウザン会広告

『ホトトギス』(大正元年10月)を見ていたら、ヒユウザン会の広告が載っている。参加者の名簿が付いている。長沼ちゑ子の名があがっている。午前8時から開いていたのだ。  『ホトトギス』は複刻版があるが、一冊1000円で、オリジナルをかなりの冊数買ったことがある。 コマ絵の試みもおもしろいのがあるので、折を見て紹介したい。

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日録まとめ

○元映(元町映画館)に、『灼熱』をみにいった。クロアチアの映画、監督はダリボル・マタニッチ。紛争直前の1991年、紛争後の2001年、2011年をオムニバス形式で描く。役は異なるが男優、女優は同じ人。三話ともクロアチア人の男性とセルビア人の女性のからみが描かれる。映像的には第3話がおもしろいが、ストーリーは若干、工夫がほしいと思った。第1話は、紛争で引き裂かれる悲劇で予想通り。帰還してきたセルビ…

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天理ギャラリー漱石展図録

東京の天理ギャラリーの漱石展の図録を取り寄せてみた。見たことがないものばかりで、ぜひ行きたいと思った。ただ、仕事の予定がたてこんでいて自由にならない。『三四郎』の原稿も目を引くが、中村不折の『不折俳画』(明治43年3月、6月、上下巻、光華堂)の原画が出ているのに関心が向いた。木版と原画がならべて示してある。『不折俳画』では木版となり、味わい深い仕上がりとなっているが、原画は筆触が流麗で色に濃淡が…

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桐の花

通勤途上にある桐の木。今年は少し元気がない。川縁のぎりぎりの土に根を張っている。少し時期が遅いのかもしれないが、2014年の記事とくらべると、少し心配である。*過去記事《今年の桐の花》

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