『みだれ髪』文スト仕様

 うーん。清家雪子『月に吠えらんねえ⑦』に出てくるアッコさんはいかにも人妻風だが、これは……。 表紙はおいて、今野寿美さんの訳注がとてもよい。 たとえば、「ゆあみする泉の底の小百合花二十の夏をうつくしと見ぬ」の訳は、「泉で沐浴をするヴィーナスの姿が目に浮かぶ。それは百合の花を水に沈めたかのよう。ちょうど、人生で一番輝いている二十歳の夏の美しさ!」である。「百合の花を水に沈めたかのよう」というとこ…

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たそがれたかこが気になる

 『スクリプタ』夏号。荻原魚雷さんがすすめている『たそがれたかこ』というマンガが気になる。  『青春と読書』集英社文庫創刊40周年記念号。しかし、この文庫とあまり縁がないということがよくわかった。しかし、森まゆみ『青鞜の冒険』はこの文庫だった。冒頭の北方謙三のインタビューで、『コースアゲイン』は15枚の短編集とある。これは興味がある。  『図書』7月号。ブレイディみかこの連載は読ませる。「ブ…

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谷書店に『スコブル』が

 ふと、ずいぶん前のことだが、京都駅に向かうバスが三哲にむかってカーブするとき、古本屋が見えたことを思い出した。マップで調べると、谷書店がそれらしい。 きょうは京都駅でおりて、歩いて行ってみる。急に高い建物がなくなり、看板があった。仏教書がメインである。ざっとみて、めずらしくない新古書がやすかったので、それを手にとってレジの方に向かう。 すると、『スコブル』5冊という文字が見える。 袋に入ってい…

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渋谷書林

 日曜は終日仕事。日曜に家で仕事というのは、疲れる。 さて、土曜、文庫櫂の帰りに、仕事が待つ家に直帰するのはちょっとはばかられたし、買った本を見たいというのもあって、南海線の高架下にいろいろ店が入っていることを思い出して、そっちに向かうことにしたのだった。 方角にちょっと迷いながら歩いて行くと、本が飾ってある古本屋があって、渋谷書林であった。ああこれが、古本ものたちが言っていた店だと気づいて入店…

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複刻版と退色

 あるかたが、『地上巡礼』のオリジナル写真をつぶやきにのせている。少し版が大きくなった最後の2冊は、紺色に見える。複刻版では葡萄色(えびいろ)的に、赤系の要素が強まっている。これは、推測だが、退色したオリジナルを参照して作ったためではないだろうか。 過去記事《写生文の「うふヽん」》で紹介した『新写生文』ももとは、紺色系の紫だったかもしれない。 古本屋さんで、合綴した『ホトトギス』を見せてもらった…

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愛書家・コレクター・集書人

 文春文庫版、鹿島茂『子供より古書が大事と思いたい』のあとがきには、氏は愛書家ではなくコレクターだと書いてある。 そこで、考えた。われは、どっちだ、と。どっちにもあてはまらない。①愛書家で研究もする②愛書家で研究はしない③コレクターで研究もする④コレクターで研究はしない⑤研究のために本を集めている こう書いてみると、わたしは⑤である。鹿島氏ははじめからコレクターであったのではなく、本を書くテーマ…

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中村不折の装幀・挿絵の文献

 雑誌『一寸』70号(2017年5月)掲載の岩切信一郎「中村不折の美術活動と印刷ー装幀・挿絵についてー」は、不折の挿絵、装幀についての基本文献といってよい内容である。 これまで、なんどもふれてきた石版と木版の問題にも関連する。不折といえば、漱石『吾輩は猫である』の挿絵がよく知られているが、ある図録では、すべてが石版だとなっていて当惑したことがある。 岩切の論では、そこが明確に整理されている。服部…

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「社会」という言葉が使えない

 1910年の大逆事件以後、著作等の発売禁止が続いて、〈冬の時代〉と呼ばれたことは周知のとおり。 石川啄木の「日本無政府主義者陰謀事件經過及び附帶現象」には、下記のような一節があり、ファーブルの『昆虫記』の翻訳と推察される『昆蟲社会』という本が禁止されたという記述は記憶に残っている。 同年九月六日この日安寧秩序を紊亂するものとして社會主義書類五種發賣を禁止せられ、且つ殘本を差押へられたり。爾後…

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おまけの多い日

 グランフロントの紀伊國屋書店による。同じ階のR branch603という雑貨屋さんで絵はがきを買うつもりだったのだが、目当てのものは売り切れていて、やむをえずちがうものを購入。 紀伊國屋では、PIE International(パイ インターナショナル)の30周年のイベントをやっていて、おもしろいものがならんでいた。ずっとピエって読んでいた。  持ち合わせがなかったので、『100枚レターブッ…

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『木星』中村彝追悼

大阪古書会館で見つける。初めて見る。発行人は福田久造。  2巻2号の2月号も中村彝追悼になっている。目次を掲げておこう。  読者ファンディングで、美術紹介のための挿絵掲載の基金を読者に募っている。一口1円で5口まで。  中村彝の詩が数編紹介されている。     部分色いくら部分が美しくとも玉の色をおしならべても傑作とは何のかゝわりもないものだ。天才の色もくだらぬ絵かきの色も部分の色には大し…

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6月のたにまち月いち古書即売会

大阪古書会館、5分前に到着。古本キングさんにあいさつ。オタさんはいれちがいか、見当たらず。谷崎精二訳、ガルシン『赤い花』、長田幹彦『金色夜叉終篇』上巻など。長田のみ高し、仕事用である。

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古書市は出会いと気合い

 一昨日、人前で話していて、ふと頭に浮かんだのが、「古書市は出会いと気合い」という言葉。 一昨年までは、古書市はあまり出かけることがなかった。勤めの状況もあるが、掘り出し物に出会うことがなかったからである。 昨年は、熱心にかよった。その結果、やはり面白い出会いがあった。その流れが今年も続いている。まずは身を運ぶ。からぶりでもいいではないか。体が動くうちだよ。 書き物にももう少し元気を出して取り組…

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あれとこれ 木版と石版

 はじめて手にしたオリジナルの『明星』は、明治37年1月号。日本の古本屋のサイトができてまもないころ、まだ検索に制限がなく、平凡出版の芸能誌『明星』ばかりが際限なくでてきて、まいったが、あきらめずにつづけていると、青森の古本屋さんで、この号が見つかったのである。価格は2700円だったと記憶する。 それまでは、臨川書店版の複刻版の図版をコピーして、ファイルに分類していたが、印刷の本当の状態はオリジ…

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北野恒富展

あべのハルカス美術館の北野恒富展に行く。眉がハの字になった表情の女性像が多く、気に入った。《口紅》は木版画だったが、いい感じである。絵はがきセット表紙の《鏡の前》は迫力があった。裾模様の飛天をクピドに見立てると、女はビーナスだ。世俗のビーナスに出会うのはちょっと覚悟が必要、ということか。まがまがしさがあってこその美なのだ。橋爪節也さんの講演「よみがえる大阪画壇の巨匠 北野恒富の芸術」も聞いた。パ…

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