天理ギャラリー漱石展図録

東京の天理ギャラリーの漱石展の図録を取り寄せてみた。見たことがないものばかりで、ぜひ行きたいと思った。ただ、仕事の予定がたてこんでいて自由にならない。『三四郎』の原稿も目を引くが、中村不折の『不折俳画』(明治43年3月、6月、上下巻、光華堂)の原画が出ているのに関心が向いた。木版と原画がならべて示してある。『不折俳画』では木版となり、味わい深い仕上がりとなっているが、原画は筆触が流麗で色に濃淡が…

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桐の花

通勤途上にある桐の木。今年は少し元気がない。川縁のぎりぎりの土に根を張っている。少し時期が遅いのかもしれないが、2014年の記事とくらべると、少し心配である。*過去記事《今年の桐の花》

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きょうもどれどれ

きょうは、車中で寝落ちしなかった。隣席のひとはパソコンあけたまま、フリーズしていたが。 限界点をこえるまえに、鍼灸院に。体育系の高校生などが多い。事務座業系はわたしくらい。先生が高校生に、運動すると堅くなる、やわらかくするには、ストレッチしかないと言っている。わたしにもあてはまる。ちょっとストレッチすると、いいのだが、何もしないまま、時が過ぎる。 あべのハルカスの北野恒富展はおもしろそう。《…

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碧梧桐の字のごとくうねうねと

朝起きて、ちょっとだるいが、伊丹の柿衞文庫へ。伊丹も久しぶり。美術館までのストリートが整備されて店も増えている。柿衞文庫は、わたしともう一組だけの参観者。とっつきにくいとおもっていたが、こうして展示を見るとしたしみがわいてくる。その作家に近づくのには、当時の本を読むのがいちばんである。みんな風情のある明治本だ。図録は充実していて、碧梧桐の全体をつかむことができる。河東碧梧桐は、中村不折とともに、…

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きょうもやれやれ

◇仕事漬けで、ゆとりがない。郵便受けに、本らしきものが入っていて、何だろうと開けると、『アステイオン』86号。ルービン先生が執筆していて、送ってくれたのだ。面白い日本語論。いずれ、紹介。◇オタさんが、大阪古書会館で、『以茂随流』を拾ったとか。すごいなあ。安かったのかなあ。◇今日は、通常業務。明日、柿衞文庫の碧梧桐展と、大阪古書会館に行ってみよう。

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きょうのあれこれ

◇鍼灸院の先生に肩がはりすぎているといわれる。灸もしてもらった。山のように本を読んでいるせいかもしれない。老眼がすすんでいる。◇『港の人』「創立20年記念特集 詩がはじまる」を三月書房さんにもらった。扉野良人「ひとふでの雨」は多田さんの思い出を書いている。高浜虚子の「有明月」が採録されているが、ずらしかたがおもしろい。岩波文庫が、写生文や小品をセレクトして随筆集を編めばよいと思う。◇『吉本隆明資…

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きょうのおまけ

『図書』岩波文庫創刊90年記念「私の3冊」。  こちらの関心にひっかかったものを紹介しておこう。  十川信介が、澤木四方吉『美術の都』をあげている。「美酒を舐めるように名画や名建築に陶然としている様子」がうかがえると。  ロバート・キャンベルは、千葉俊二編『岡本綺堂随筆集』をあげる。「社会の陰影を切り取っている」と。

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古本のがす

2冊、古本を逃した。1冊はいたかった。問い合わせをしたら売れていた。見つけた時に注文すべきだった。 上半期に本を買いすぎたという気持ちがあって、出遅れてしまった。同じものが出てくる可能性は低い。すぐには売れないという思い込みもいけない。 まいった。 意識して、古本に関してはもっと前のめりになるべきだ。 研究を進めるためにそれが必要だ。

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『ホトトギス』のコマ絵

『ホトトギス』11巻11号(明治41年8月)。渡辺与平のコマ絵《汽車中所見》。「紳士滑稽新聞を見るの図」とある。  宮武外骨の『滑稽新聞』が、車中で読まれていたことが分かる。『滑稽新聞』は、明治34年1月から明治41年10月まで。最終号には「自殺号」と明記された。〔付記 2017・5・11〕勘違いがあったので、記事を修正した。車中で『滑稽新聞』を読むというのが、レアなので描いたのか、増えてきた…

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高浜虚子の写生文

高浜虚子の写生文を必要あって、数編読み直した。この人の写生文は、まだきちんと読まれていないかもしれないと思った。『明治大正小品選』(おうふう)には、「蠟燭」を収録した。深夜、水を張った洗面器に蠟燭のロウをたらす話。もしかして、ポストモダンか、と思ったが、いやいやそんなことはと思いかえした。 松井貴子『写生の変容』(明治書院)は、志賀直哉への子規、虚子の写生文の影響を重視していた。 今度、読み…

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思わず

文庫新刊の棚にあったので思わず購入してしまった。帯の漱石の言葉の出典は、書簡かな。金字塔ってピラミッドのことだと誰かが書いていた。 わたしは、『新所帯』『足跡』派であるが、よみなおしてみることにした。 文芸文庫のカバーは折り返しが深く、いつも折れてしまうのだが、何か理由があるのだろうか。

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雑誌をあつめる

このところ、少しずつではあるが、古雑誌をあつめている。一冊5000円というのは手が出ない。2000円までである。博文館の『女学世界』1908(明治41)年2月。表紙は一條成美。折鶴に糸をつけて舞わす遊びがあったのか。石版印刷。口絵は、上村松園や宮崎(渡辺)与平など。コマ絵は多く、竹久夢二も複数作品がある。保存はよい。なかに、虫の押し花ではなく、押し虫があってまいった。懸賞クイズがあって、総額10…

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本人証言は信頼できるか ふたたび

 同じ題で過去に記事を書いたので、「ふたたび」とつけたが、話題の中身はすこしずれている。前回は、真実を偽装した虚偽の書物についてのものであった。今回は、文献の意味の読み取りかたに関する問題である。  いま、近代文学研究の本でとてもよくできた評論研究を読んでいる。たとえば、表現者Aの表現者Bに対する理解は、表現者Bの思想を十分理解していないことが、文献をたくさんあたることによって浮き彫りにされる…

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あれとこれ 複刻版とオリジナル

あれとこれシリーズは、似ているようで離れている、離れているようで似ているものを二つ取り上げて比べてみるというアイデアからはじめたものだ。今回は、複刻版とオリジナルの比較である。複刻版は、研究をはじめた頃にはなくてはならぬ存在であった。第一次『明星』の複刻版は、27万円、月賦で購入していた。はたらいていたので、気軽に研究室でみるというぐあいにはいかなかった、記事はむろんのこと、図版にも関心をもった…

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日々古本

なんにもないなあ、と思っていると、『書物関係雑誌細目集覧一』(日本古書通信社)が。これは便利。安かった。 もう一冊は、EHON  The Artist and the Book in Japan.Roger S. Keyes.2006.ニューヨーク公立図書館主催の、書名と同じ展覧会のカタログ。8世紀から現代まで、日本のピクチャー・ブックが取り上げられている。もとのコレクションが雑多なものを収集…

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